アニメ「ヴァイオレットエヴァーガデン」において、ギルベルト少佐が自分の死の間際に残した言葉、「愛してる」。
この記事では、ギルベルト少佐がヴァイレットに言った「愛してる」の意味、そして、その「愛してる」の意味をヴァイレットが知ることができたか?2人は将来結婚するのかなどを考察していきたいと思います。
少佐の言った 「愛してる」 は、兄妹、親娘、を想っての家族的な意味での「愛してる」なのか、または恋人同士お互いを想いあっての恋愛的な意味での「愛してる」なのかどちらの意味なのでしょう?
そして二人の未来はどうなるのか?結婚するのか?についても追及していきたいと思います。
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恋愛感情か家族的な意味か?
冒頭でも述べましたが、愛しているにも様々な形があります。作品中にも出てきますが、兄妹、親娘のような家族的な意味合い、または恋人同士お互いを想いあっての、恋愛的な意味合いと、二つの「愛してる」が出てくるわけですが、ギルベルト少佐が自分の死の間際にヴァイオレットに言い残した、この「愛してる」は果たしてどちらなのか、ここでは考察していきます。
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まず初めに、それは家族的なものであったと推察されます。幼くして戦闘兵器として育てられたヴァイオレット、その少女を預かることとなったギルベルトのそのヴァイオレットを見る目は、まさに娘を想う父親のようであるように思えます。
そして、最後にギルベルト少佐が、ヴァイオレットに言い残した「愛している」、ここでも私はやはり家族的なものを感じました。この言葉の前に「君は生きるんだ、生きて自由になりなさい」とありますが、ここから感じられることは、戦闘兵器として生きてきたヴァイオレットに、普通の生活、人間らしい生活を送って欲しいという、まさに父が娘を想い願う気持ちが、ひしひしと感じられます。
では、結論としてこの「愛してるは」家族的な意味合いという結論なのでは?となりそうですが、しかしながら、私はこの「愛してる」を恋愛的な意味であると考察したいと思います。
単純に言ってしまうと、作品の表では語られなかったエピソード的なものがいくつか存在し、そこで二人の気持ちは近づいていき、いつしかお互いを想い、愛するようになっていったのでは?と言ってしまえば簡単なことなのですが、私はここで一つの可能性を論じてみたいと、そう思います。
皆様、「吊り橋効果」というものをご存じでしょうか?これは、簡単に言うと恐怖や不安を一緒に体験した人が、恋愛感情を持ちやすくなるる心理効果のことであります。つまりは吊り橋のような不安定な場所を男女で渡る時に、ともに恐怖や不安を抱いたときのドキドキが、まるで恋愛のそれのように錯覚してしまうという現象のことであります。
つまり、ギルベルト少佐とヴァイオレットの間にもこれが成立するのでは?と私は推察します。ここは戦場、常に生死と隣り合わせとなった世界。そんなところに居合わせた二人が、そのような形になることは容易いことなのでは?と私は考えます。ましてや前提として家族愛としての「愛してる」がそこにはあったわけですから。それがいつしか、恋愛的なものへと昇華していっても何の疑問もないと私は考えます。
つまり、表面上の言葉の上では家族的なものとして捉えてしまいそうなこの「愛してる」ですが、その根底には恋愛的なものが隠されていたと、そう考えたほうが素敵じゃありませんか?と私は推察したいのですがいかがでしょうか?
ヴァイオレットは少佐の愛してるの意味を知ることができた?
手紙の代筆の経験を通して、様々な「愛してる」に触れたヴァイオレット 、果たして少佐の残した「愛してる」の意味を知ることはできたのでしょうか?その答えは、作中でてきます、少佐への手紙、これにすべてが書かれているのでは?
私はそう考えます。ここではこの手紙の内容を考察してみようと思います。
この手紙を読んでみてまず感じたこと、それは代筆の仕事を始めたばかりの頃のまるで任務の報告書のようなものしかかけなかったヴァイオレットが、様々な「愛してる」に触れることで、ここまでの物が書けるようになったんだなあと思えたことでした。
まさにそれは、少佐へ宛てた恋文(ラブレター)でありました。たくさんの想いの詰まった素敵な内容となっております。
少佐と会いたいと想う気持ち、感謝の想い、そして「愛してる」がそこには込められております。手紙の中にはこうあります、「春も夏も秋も冬も、いくつも季節が過ぎましたが、少佐のいらっしゃる季節だけが巡ってきません」もう、これだけで少佐へ会いたいという想いがひしひしと伝わってきます。
初めはわからなかった少佐からの自分への想い、それが手紙の代筆を通して様々な人と接することによってわかるようになった感謝の思いが書き上げられています。
そして手紙の最後にはこうあります「生きて、生きて、生きて、その先に何があるかわからなくても、ただ生きて、また会えたらこう伝えたいのです」「私は今愛してるも、少しはわかるのです」とこれだけでもうヴァイオレットは「愛してる」を
知ることができたのでは?と思います。
しかしながら、ここで少しはと言っておりますが、果たしてそれは本当に少しだけだったのでしょうか?「私は今愛してるも、少しはわかるのです」に続くヴァイレットの表情からは、とても切ない少佐への想い、「愛してる」が溢れんばかりに感じられてきます、間違いなくヴァイオレットは「愛してる」の意味を知ることができたと、私は推察致します。
ヴァイオレットとギルベルトは結婚するの?
「愛してる」の意味を知ることができたヴァイオレット、では果たして二人の未来はどうなるのでしょう?
ここでは二人の未来について考察したいと思います。
作品中、ギルベルト少佐の生死は不明となっております。しかしながら、ギルベルト少佐の墓碑がすでにあったり、周りの人たちの反応もすでに死んだものとして描かれております。それでは二人はもう二度再会することもなく、ヴァイオレットは「愛してる」の想いを抱き続けたまま一生を終えてしまうのでしょうか?
私はそうは思いません、少佐は必ず生きているとそう信じております。その理由は言いますと、物語はすべてハッピーエンドではなくてはならない、これは私の持論なのですが、ここまで辛い想いをし、自分のしてきたことを悔やみ乗り越え、様々な経験をしてやっとたどり着いた少佐への想い、これが報われないなんてことがあってもいいものか?そんなことがあっていいはずがない!と私は思うのです。
いやそれはただの願望ですよね?と言われればそれまでなのですが、しかし戦争中に亡くなったと思われていた人がある日突然帰ってくる、または異国の地にて発見されたなんて話そうそう珍しいことではありません。もしかしたら、ギルベルト少佐もどこかで生きていて、ある日突然帰ってきてヴァイオレットに「ただいま」と言ってくれるような未来、異国の地にて発見されて記憶を失ってしまっているものの、しかしヴァイオレットの献身的な介護により記憶を取り戻し二人は結ばれる、そんな未来があると願わずにはいられません。
と、アニメを見たときは願っていたのですが。実は劇場版において、この未来が実現している?といったような噂を聞いております。二人の未来の行く末、それを確認してみたい思いでいっぱいです。
まとめ
様々なラブストーリーがあるのですが、ここまで「愛してる」という言葉への想いを綴った作品を私は知りません。ギルベルト少佐が最後に言い残したこの言葉、ここに込められた意味、想いを知るために触れた様々な「愛してる」、そこには、人と人が交わる時に生まれるかけがえのない想いが溢れんばかりに描かれております。
それらに触れることで様々なことを感じ取り、成長していったヴァイオレット、そして理解した少佐からの「愛してる」の本当の意味、そして同時にそれは自らの心の中にある「愛してる」の意味をも知ることができたのでは?とそう思います。
その思いが報われてほしい、二人が再会して、お互いの想いを伝え、そして結ばれる、そんな未来があって欲しいと私自身願っております。
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